会員の方に書いていただいた「親の想い」です。 過去に掲載していたものは、下記リンクよりご覧になれます。
◆親の想い…その1 ◆親の想い…その2 ◆親の想い…その3
◆親の想い・・・4才男児・母◆
私の息子が自閉症と診断されたのは、3歳11ヶ月の時でした。
生まれたときは3800gの大きな子で、よく飲み、よく寝る子供でした。
でも、1歳半健診の時にまだ歩けず、検査をしたところ異常は無く、1才8ヶ月で歩いたので、気にも留めていませんでした。今になって思うとそれも自閉症だったからかもしれません。
歩きたいという気持ちがあまりなく、座ったままで移動して、寝転がっては自分の目の直ぐ前で、電車や車を動かしていつまでも遊んでいました。
当時は「よっぽど電車や車が好きなんだなぁ…」と夫婦で話していたものです。
しかし、それも自閉症だったからのようです。
2歳を過ぎた頃、言葉が出なかったので小児科の先生と話したりはしていたのですが、私の中でも“男の子は本当に言葉が遅いなぁ”程度にしか思っていませんでした。
ただ、3歳時健診のときも言葉が出ず、目や耳の検査もできないという状態だったので色んな検査が始まりました。それでもそのうち言葉は出ると思っていました。最初の検査は子どもを薬で眠らせた状態で聴力検査を行いました。
耳は聞こえていると確信していたので心配もせず、結果も予想通り異常なしでした。
そして発達検査。結果は発達の遅れということでした。検査後もなかなか言葉が出なかったので、早く言葉が出てほしいという気持ちから、別の病院でも検査を受けることにしました。
検査前の診察で、息子が電車を並べているのを見て「自閉症の子に多い行動をしていますね」と言われましたが、特に気にはしませんでした。
しかし、検査の結果「自閉症ですね。自閉症の本とか読んだことありますか?『光とともに…』っていう本を読むと、これからの子育てに役立つし、お母さん自身の気持ちも楽になりますよ」と言われました。
その時、自閉症がどういうものかも知らなかったのに、涙が溢れてきました。
そして『光とともに…』を読みました。とてもわかりやすくて、勉強になったと思います。読んでしばらくしてから息子に道順や服や靴、帽子に“こだわり”が出てきました。言葉はでるようになったものの、オウム返し。自閉症と認める他はありませんでした。息子が「お母さん、あのね」って色んな話しをしてくれたらどんなにいいだろう…どうしてこの子が自閉症なんだろう… と何度思ったかしれません。
まだまだ強い母親にはなれません。そんな自信もありません。
でも、今はひだまりの会で出会ったいろんな方とお話をさせてもらう中で、少しずつでも子どもと一緒に私自身も成長していけたらいいかな、と思っています。
◆親の想い・・・小1男子 母◆
今春、小学校に入学した息子の母です。
幼稚園の頃、入園後しばらくして「よく先生に叱られているみたいよ」と同じ園のお母さんからの言葉が耳に入るようになりました。
それまでも一人っ子で母親にべったりの息子が心配で、体操教室や幼児教室に通っていて、そこの先生に甘えたり、わがままを言ったりする姿は知っていたのであまり驚きはしませんでした。
他の子どもさんの中にも園生活に馴染めずにいる子もいましたので、息子も何かあればその都度先生から注意していただくことで、落ち着いてくるだろう程度にしか思っていませんでした。
しかしそんな思いを打ち消してしまうほどお友達と喧嘩をしたり、いたずらをしたり、数人の子どもと先生の注意を聞かず部屋を飛び出したり…。
他の子は叱られるかどうかギリギリのところを理解できるのに、息子にはそれができないようでした。
そのうち子どもたちの間でも、「いつも叱られている悪い子」というイメージがついてしまい、遊ぶ友達がどんどん減っていきました。
息子自身も「自分は悪い子・バカな子」だと思うようになってしまい、何とかしなくてはと思った私は平日に息子の同級生を家に呼んだり、休日には車を出して遠出したりしていました。
友達と一緒にいることが楽しい息子ですが、自分のしたい事としたくない事との差がはっきりしているため、グループでの行動も難しい面がありました。
幼稚園では担任の先生に叱られ、その報告を先生から受けた私から叱られる息子。
その頃家のトイレにまで『幼稚園でのルール』を書いて貼ったりもしていました。
それでも先生の言うことを聞かず、歌もお遊戯も拒否、お友達との喧嘩も相変わらずの息子に
「こんなに心配しているのに」
「あんなに言い聞かせてるのに」
「どうしてわかってくれないの!」
そんな思いが抑えきれず、手をあげるようになってしまった私。
泣いて謝る息子を…。
私か怖くて逃げる子供を…。
泣き疲れて寝ている息子を見て、またとめどなく涙が溢れてきました。
ごめんなさい、ごめんなさい、こんなお母さんでごめんなさい…。
私は嫌だった。ちゃんと躾の出来ない母親だと思われる事が。このままでは将来どんな子どもに育ってしまうのか不安だった。そして、それを子どもにぶつけていた。
家の中での息子は穏やかな子なのに。
「お母さん大好き!!」「お母さん、何かお手伝いすることなぁい?」と、いつも私にひっついていた。
早くから文字が読めて、自転車に乗れて、スキーが出来て…。
好きな事は頑張りぬく力があるんだよね。みんなとも仲良くしたいのに、その方法がわからないんだよね。お母さん知っているのに…。
優しい子であることも、決して意地悪な子でもないことも…。
目覚めた息子は私の顔色を見て、傍らで私が手を上げるだけでビクついていました。
私がきつく叱るとしばらくは息子なりに頑張り、嫌いなお遊戯もしていました。
幼稚園の先生からは「『そんな事をしていたらお母さんに言うよ!』と言うと『すみません。ちゃんとするからお母さんには言わないで』って言うんですよ」と笑いながら聞かされ、「お母さん、今日はなぁんも悪い事せーへんかったよ!」と笑顔いっぱい、大きな声で息子は言う。
言いようの無い不安と疲労感に襲われました。
このままでは自分の子どもを潰してしまう!
当時、幼稚園の敷地内には育児相談室と、ことばのクラスと障害児クラスがあり、他の学区からの相談も多いため、予約なしでは気軽に相談できないようでしたが、思い切って行ってみると、敷地内だったこともあり「叱られやすい子どもさんではありますね」と普段の様子もよくご存知でした。
この先生ならと、子どもの表情が暗くなっていること、子どもの将来が心配で仕方無いこと、そして自分が体罰を与えてしまうこと、毎日担任の先生や同級生の子どもさんからも息子の苦情を聞くのが辛いこと…
自分勝手に色んなことを話しましたが、相談室の先生はゆっくり時間をかけて、否定せずに私の話を聞いてくださいました。
話すことで自分の考えがまとまっていきました。
病院に行きたい、ずっとひっかかっている疑問の答えが知りたいとその先生に無理を言い、紹介された病院に行きました。
そこではボーダーライン、グレーゾーンなどと言われるような「もう少し様子を見ていきましょう」という事でした。
今は、ストレスを抱えやすい状況の息子に月に一度の遊びを通しての療法を受けています。そこでは私が息子の様子を話す中から、子どもへの対応についてアドバイスなどもしてもらえます。
まだまだ未熟な私は息子の失敗を優しく受け止められず、怒鳴ったり、小突いたりする時がまだあるのです。
そんな自分勝手な私に対し、少しずつ成長している息子は「叩いたらあかん、口で教えて」と言い、「お母さん大好き!」と幼稚園で褒められたことは一番に教えてくれます。
「お母さんが喜ぶから いいことがしたい」とも。
集団生活の中では失敗もまだまだ多く、小学校も不安がいっぱいあります。
守りたい、失敗する前になんとか気付かせたい気持ちは今でも抜けきらず、口やかましくなってしまいます。
でもいっぱい失敗して、周りの人に助けられながら成長していく子どもがいてもいい、私自身こそ成長しなくては、と今は思っています。
◆親の想い・・・小2女子・母◆
子どもは小学2年生の娘です。
2歳の時に自閉症と診断をうけました。
ショックで1週間程どう過ごしていたのかも思い出せない位でした。
1歳までは、あまり手のかからない子どもでした。
1歳4ヶ月で歩き始めてからは多動が始まり、走っては追いかけまわっていた日々で、外出が辛かったです。
3歳9ヶ月で言葉が出てきました。
保育園に年中・年長と2年間通いましたが、補助の先生を付けて頂いての生活でした。
年中の1年間ではお友達の名前を覚えることが出来たり、絵に感心を持つようにもなり、私自身、目に見えて娘の成長を感じることができました。
卒園して春休みの間は、子どもなりに保育園から小学校への環境の変化を感じてか、公園や買い物へ日に何度も行きたがるなど、外へ出ることへのこだわりが強くなり、情緒不安定がひどかったです。親としても可能な限り子どもの気持ちの安定を図るため要求に沿うように努めましたが、私自身感情の起伏によってイライラすることもありました。
入学式では事前に担任の先生・式場の確認をさせていただけたことでなんとか持ちこたえたのですが、式の後、交流クラスに戻ってからは泣いてしまって、障害児クラスに行って落ち着く事が出来ました。
ランドセル・スモックにもなかなか馴染めず、泣きながら小学校に通うことが続きましたが、G.W明けには落ち着いて、ブランコ・給食を楽しみに行くようになりました。
しかし、夏休みが終わり2学期は運動会・音楽会・マラソン大会など行事が多い時期はかなりきつく、特に運動会では練習時間が長くなると情緒不安定になり、多動が少し酷くなりました。あとマラソン大会では本人にとって長い距離を走って人と競うということが理解するのが難しいようでした。
3学期は行事が比較的少なく、子どもも落ち着いていたので、親も安定して過ごすことができた学期になりました。
保育園から小学校への変化で色々あった1年生でしたが、この1年を活かして2年生をがんばりたいと思っています。